東京高等裁判所 昭和51年(ラ)619号 決定 1976年11月05日
抗告人 真玉橋朝美
主文
本件抗告を却下する。
理由
本件抗告の要旨は、別紙記載のとおりである。
思うに、家族制度を廃止し、且つ、個人の基本的人権の尊重を指導理念とする新憲法のもとにおいては、氏は、家の称号ではなく、名と相俟って個人の同一性を表象する標識にすぎないものであるから、個人の自由な意思によってその変更が許されなければならないこと、抗告人指摘のとおりである。しかし、濫りに氏の変更を認めると、日常の社会生活に混乱をきたすばかりでなく、個人の氏名が基礎単位となって形成されている各種の法律関係に無用の紛争を惹き起す等、測り知れない実害の生ずる虞れなしとしないので、氏の変更は、現在の氏を使用することが本人に嫌悪の感を覚えさせたり、社会生活上の支障を与えたりするものであって、しかも、その使用の継続を求めることが本人にとって社会観念上不当に難きを強いることになるものと認められる場合でなければならないと解するのが相当である。戸籍法一〇七条が氏変更の要件として「やむを得ない事由」のある場合と規定した法意も、正に、ここにあるものというべきである。
いま、本件についてこれをみるのに、抗告人の「真玉橋」なる氏は、稀にみる珍らしいものであり、そのために、「またはし」と正しく読まれることは少なく、抗告人が日常生活においてその挙示するような或る程度の困惑や不利、不便を蒙っていること、そして、抗告人が「小林」なる氏に年少の頃から一種の憧憬を憶えていて、現在の氏「真玉橋」を右「小林」なる氏に変更したいという強い希望を有していることは、記録上推認するのに十分である。しかし、抗告人が「真玉橋」なる氏の文字自体から他人の嘲笑、侮蔑をかい、人格を不当に傷つけられるものとは、たやすく認められず、また、抗告人の蒙る右のごとき社会生活上の支障も、まだこれをもってその使用の継続を求めることが抗告人にとって社会観念上不当に難きを強いることになるものと認めるに足りない。
それ故、抗告人の本件申立ては、戸籍法一〇七条にいう「やむを得ない事由」がある場合に該当せず、所詮排斥を免がれないものというべきである。
よって、右と同趣旨に出た原審判は正当であって、本件抗告は理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 古川純一 岩佐善巳)
<以下省略>